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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2954号 判決 1976年4月26日

控訴人 有限会社松沢メリヤス工場

被控訴人 鈴木工業株式会社

主文

原判決および新潟地方裁判所が同裁判所昭和四六年(手ワ)第六六号約束手形金請求事件につき昭和四六年一一月五日言渡した手形判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審および右手形訴訟手続の分とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴会社代理人は「原判決および新潟地方裁判所が同裁判所昭和四六年(手ワ)第六六号約束手形金請求事件について昭和四六年一一月五日言渡した手形判決を取消す。被控訴会社の請求を棄却する。訴訟費用は第一、第二審および右手形訴訟の分とも被控訴会社の負担とする。」との判決を、被控訴会社代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

控訴代理人は次のとおり述べた。

一、訴外有限会社五泉刺繍は昭和四六年三月中旬頃金二七万九、五〇〇円を被控訴会社より借り受け、右貸付金の担保として訴外会社は被控訴会社に本件手形を裏書譲渡した。控訴会社は昭和五〇年九月二九日被控訴会社に対し訴外会社の被控訴会社に対する貸金債務の代位弁済として金二七万九、五〇〇円及び弁済期である昭和四六年七月二六日から昭和五〇年九月二九日迄年六分の割合による手形法所定の利息金七万〇一一三円合計金三四万九、六一三円(円未満切上げ)を提供したところ、被控訴会社はその受領を拒絶した。そこで控訴会社は同年一〇月一日右金額を新潟地方法務局に弁済供託した。控訴会社は右貸付金の担保手形の振出人であるから、右貸付金の代位弁済をするにつき正当な利益を有するものである。よつて、本件手形の裏書譲渡の原因である担保の被担保債権消滅し、本件手形は訴外会社に返還すべきものであるから被控訴会社の本訴請求は権利濫用として許されない。

二、かりに右抗弁が理由がないとしても、被控訴会社は金二七万九、五〇〇円を対価として金額六三万七、五〇〇円の約束手形を取得したので、右対価との差額金三五万八、〇〇〇円は被控訴会社は何らの権利のないものであるから、控訴会社に対する本件手形金の請求はすくなくとも右金二七万九、五〇〇円を越える部分は権利の濫用として許されない。

被控訴代理人は次のとおり述べた。

一、控訴会社の主張事実は争う。

二、かりに控訴会社が被控訴会社に対し、その主張の訴外会社の債務の弁済提供をしたとしても本件手形の振出人であり、訴外会社の被控訴会社に対する債務の保証人ではないから、代位弁済をなすべき正当な利害関係を有しない。よつて、控訴会社の弁済の主張は理由がない。

三、かりに控訴会社が第三者の弁済をなしうるとしても、被控訴会社は弁済期に訴外会社が債務の弁済をしなかつたことにより代物弁済として本件手形を善意取得したものである。

(証拠省略)

理由

一、被控訴会社主張の本訴請求原因事実および控訴会社主張の原判決事実摘示記載の抗弁についての当裁判所の判断は、原判決理由中の説示(原判決四枚目表二行目から一〇行目まで)と同一であるから、それをここに引用する。

但し原判決四枚目表七行目「横見寿計」の次に「当審証人鈴木末蔵」を、「証言」の次に「当審における控訴会社代表者本人尋問の結果」を同十一行目の末尾に「被控訴人は本件手形を割引いたものと主張するが、この点に関する当審証人鈴木末蔵の証言は措信しがたく、他にこれを認めるに足る証拠はない。」をそれぞれ付加する。

二、つぎに、控訴会社の当審における抗弁について判断すると、前掲各証拠及び成立に(乙第二号証については原本の存在とも)つき当事者間に争いのない乙第二号証乙第三号証によると、控訴会社は昭和五〇年九月二九日前記認定の貸金債務元本の弁済として金二七万九、五〇〇円及びこれに対する弁済期日と認められる昭和四六年七月二六日から昭和五〇年九月二九日まで年六分の割合による金員七万〇、一一三円(利息の定めは認められない)合計金三四万九、六一三円を提供したところ、被控訴会社は右金員の受領を拒絶したので、控訴会社は同年一〇月一日新潟地方法務局に右金員を供託したことが認められる。ところで、控訴会社は右弁済をなす正当な利害関係を有するかどうかにつき争いがあるから判断すると、債権の担保のために、第三者振出の手形を裏書人から被裏書人に裏書譲渡された場合被担保債権が弁済により消滅したときは、担保手形の振出人は、右手形の被裏書人の請求を拒否しうるものと解されるから、この意味において、控訴会社は訴外会社の被控訴会社に対する債務を弁済する利害関係を有するものと解すべきである。

然るときは、利息並びに損害金について約定のない本件においては訴外会社は被控訴会社に対し、弁済期後商法所定年六分の割合による損害金を支払う義務があると認められるから控訴会社の被控訴会社に対する弁済の提供は債務の本旨に従つた弁済の提供である。よつて前記供託により訴外会社の債務は消滅したものである。然るときは、本件手形の所持人である被控訴会社は手形金請求につき独自の経済的利益を有しないものというべきであるから、控訴会社は被控訴会社の本件手形金請求を拒否しうるものと解すべきである。なお、前認定のとおり、訴外会社は他から割引することを依頼されて本件手形の裏書譲渡をうけたが、割引金の交付をしていないし、本件手形振出の原因関係が解除された以上、本件手形上の権利を取得していないものである。しかるに訴外会社の借入金の担保として本件手形を被控訴人に裏書譲渡し、被控訴人は善意取得した。従つて被控訴人は隠れたる質入裏書により本件手形について質権を取得したものである。この場合本件手形の振出人である控訴人は、動産質において第三者所有の動産について民法第一九二条により質権の善意取得が成立したときの動産の所有者である第三者に準ずる地位にあるものと解すべきである。このとき所有者が質権設定者と同一の地位にあると解すべきと同様に、本件手形の振出人も質権設定者に準じて解すべきものと考える。そうとすれば質権によつて担保される被担保債務を控訴人が弁済することは当然許される。控訴人の弁済により被担保債権が消滅した以上、質権者が質権の実行ができないと同様に、被控訴人も本件手形について質権の実行として手形上の権利を行使し得ないのは当然である。

つぎに被控訴会社の代物弁済による善意取得の抗弁事実はこれを認めるに足る証拠がない。

三、従つて被控訴会社の本件手形金の請求は失当として棄却すべきであり、右と判断を異にする原判決は不当であつて、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田辰雄 小林定人 野田愛子)

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